タムケンブログ

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新市場の出現という偶然無しには耐えられない“破壊的イノベーション”

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大学の入ゼミ選考課題としての書評です。
コメント・ツッコミ・批判等おおいに歓迎します。

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イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)

イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)

イノベーションのジレンマとは何か

この本の主題のイノベーションのジレンマとは、優良企業はその優良さ故に失敗するという理論だ。
利益率の向上を目指して、顧客の声を良く聞き、大きい市場で求められたものを提供する技術に積極的に投資する優良企業は、こうした特徴によって市場のリーダー、大企業になる。だが、やがて成功の要因だったこれらの特徴が、当初技術的にも劣っている破壊的技術の開発を妨げ、新興市場への参入に失敗し、最終的には市場を奪われる理由になる、という説である。

ディスク・ドライブ市場の例

具体例をみると非常に分かりやすい。本書では冒頭において、この30年間のディスク・ドライブ市場を分析している。かつては巨大なメインフレームの時代でハードディスクも大きな14インチドライブが使われていた。勝者の企業はその時の市場における大手顧客の要望にこたえる形で14インチの性能改善(持続的イノベーション)を行っていった。一方で新興企業は当時は市場ニーズが不明だった8インチドライブ開発に取り組んでいた。やがてミニコンメーカーという異なる選択基準を持った市場(バリュー・ネットワーク)が台頭し、小さなドライブのニーズが大きくなる。かつての勝者企業は慌てて小さなドライブの開発に取り組むが間に合わず、新興企業に市場の勝者の座を明け渡す、というのだ。

既存企業は破壊的イノベーションにいかに対処するべきか

筆者は持続的イノベーションを起こしていく既存企業が破壊的イノベーションに対処できない理由ととして、事業部制が既存の市場毎に最適化されていて見えない市場を発見できない、大企業では小さな市場では満足できないため破壊的イノベーションの出たての段階で資金を入れる意思決定ができないなどといった企業の組織・文化的な問題で説明している。そしてそれでもなお対処していく方法として組織の規模を市場の規模に合わせること、すなわち小さい組織に経営資源を与えて対処させる、別会社としてスピンアウトさせるなどを挙げている。

日本における破壊的イノベーション事例を考える

このことは同様に様々な事例に当てはめられるだろう。例えば、「持ち運べる」「一人一台」「iモード」など新しい顧客の価値観を引き出した携帯電話は、いまや若い世代を中心に固定電話を駆逐する破壊的商品になっている。MDプレイヤーに対するiPodもそうだ。一つのディスクにCD一つ分を入れておく方法から(カセットテープに対する持続的イノベーションといっていいかもしれない)から、ディスクに沢山音楽を詰め込んでおく方法へ顧客の志向は移行し、カセットテープ・MDで栄華を極めたオーディオメーカーは別業界のアップルにすっかりマーケットを奪われてしまった。クリス点線の提示した解決法をあてはめると、それでもNTTは携帯電話事業をNTTドコモとしてスピンアウトさせることによって、破壊的技術にも見事対応した…といえるのかもしれない。

反論:新しい市場の出現なしには耐えられない“破壊的イノベーション”

しかし、あえてここで反論を試みたいと思う。本書で挙げられている破壊的イノベーションは、はじめは既存の大きな市場で顧客が要求する水準の性能を達せず、破壊的イノベーションの持つ優位性を評価する他の小さい新市場で成長していくうちに、既存の大きな市場で顧客が要求する水準の性能を達成し、既存の技術を駆逐するというように説明されている。そして新規参入企業は、既存の大きな市場ではとても勝てないが、小さな組織であるがゆえの柔軟な姿勢で、破壊的技術を別の評価軸で認められる未知の新しい市場に持ち込み、成功するのだ、と。
だが、この成功の最低条件として、破壊的技術の新しい側面を認める新しい市場が偶然生まれたということをより考慮に入れるべきではないだろうか。いくら小さな組織であって柔軟な対応が可能とはいえ、新しい市場が存在するかどうかは博打である。8インチドライブメーカーはミニコンという商品の成長にフリーライドできたから成功したとも考えられる。やはり破壊的イノベーションが生まれる一番の条件は、それを受け入れる、自社の努力とは関係なく偶然に生まれる“外部要因”の存在であるのではないか。

反論:既存企業が勝つには、スピンアウトよりもルール・リソース支配力?

そしてもう一点。破壊的イノベーションに既存の大きな企業が対応する為には、小さい組織としてスピンアウトさせる方法が述べられているが、それ以上に有効な方法は、その分野に不可欠なリソースやルールについて操作することで参入障壁にしてしまうことではないだろうか。例えば日本の携帯電話市場におけるNTTドコモの成功を考えると、一見NTTからスピンアウトされたからこその成功であるかのように見える。しかしこれは、電波と言うリソースを国が握っているため、必然的にNTT系列が有利になったとも考えられる。また、音楽を曲単位で手軽に購入できるiTune Music Storeという破壊的なサービスに対して、日本における既存の音楽業界の企業は著作権団体と組んで著作権制限方式というルールを決めてしまうことによって、類似の破壊的サービスを独占的に行えるような戦略を組んでいる。

まとめ

このようにクリステンセンの説く破壊的イノベーション理論に関しては、それへの対処法も含めて日本においてはまた異なった事情があるため、日本の産業についてあてはめるには改めて日本企業における破壊的イノベーションの事例研究が必要であるのではないか。