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タムケンブログ

コンテンツの未来について、好きなコンテンツについて、書き記します。

思考深化の為のコミュニティの必然性と思考深化阻害要因としてのmixiの存在

思考して考えを深めていくフェーズの中になんらかのコミュニティの存在は不可欠だと思う。質向上のためのフィードバックの機会としてのコミュニティ(学問・科学における学会の存在とか、学生ならゼミとか)はもちろん重要だろうが、今日思ったのはモチベーションを上げる機会としてのコミュニティについて。

なんか考えてるときに人にしゃべる事によって整理されるとか、人に教える事が一番の勉強になるとかいわれてて。でもそれなら目の前にしゃべる相手、教える相手を空想してやればいい話で。でもなかなか上手くいかない。じゃあ人にしゃべる事の効用の肝は他にあるはずで。

で、思ったのはそもそも思考を後押しする物は知的好奇心とか本能的欲求とかもそうだけど、「考えた事を人にしゃべりたい、んで認めてもらいたい聞いてほしいー」って感覚もでかいなと。だからその場としてのコミュニティが存在する事で思考を推進するモチベーションが働いて思考が進んで、と。

なんか考える視点見つけてちょっと妄想する⇒(潜在意識として伝えたい)という前提条件の下、所属コミュニティに接触する機会を得る(語り友達に会うとかメッセはじめるとか、何か議論する場の会合に行くとか)ことで、
(なんか自分のこと認めてもらいたい聞いてほしい潜在欲求)⇒(あ、こないだ妄想してた事伝えたいつたえたい)⇒ごちゃごちゃしゃべる⇒整理される⇒やったーね!

でもコミュニティないと機会無いから、伝えたい考えたいが潜在意識のまま留まって思考進まないんじゃないかと。考えるのって楽しいけど疲れるから辞めちゃう。


あ、メディアとかもそうなり得えそう。新聞とかだったら、伝えたい潜在意識・思想⇒社説書かなきゃ記事書かなきゃ⇒書くうちに潜在意識から伝えたい欲求が篭る⇒思考超回転⇒あ、考え深まった、みたいな。ようわからんけど。

となると一度に表現できる量が小さいメディアであり、小さい情報しか一度にやり取りできないコミュニティを強固に形成する携帯の出現が若い人の思考能力を低下させているのだーなんてでっちあげもできそうだ。代替としてBlogとかあるだろうけど、敷居低くないしねぇ。mixi日記のほうが認めてもらいたい欲を満たす仕組みできてるし。足跡とか。でもリアル自分を知っている多方面の人間が積極的に読みに来る媒体という点で(とりあえず暇だったらマイミクの日記全部読んだりするじゃないですか。むかーしの友達のでも)見たい人だけ来る媒体としてのBlogのほうが思考深化の為の発信手段としては適当、なのにmixiに行くと。流行のmixi叩きとかもできそうだwww*1

でもそんなメソッドが上手くいかないときがきっとあって、その条件の一つは多分認めてもらいたい欲求を睡眠欲が超えたとき。今がそれ。ねむーいよー。

つまり思考を深めるためには眠くない時期に適当なタイミングで接触できるコミュニティが必要であり、まぁ学者とかひたすら考える人とかって面で凄くなる為にもモチベ維持機関としてのコミュニティを適量持つ事が不可欠だから、考える人になる為にもコミュニティを十分な数獲得できるコミュニケーション能力って重要で、やっぱ引きこもりは辞めたほうがよいのかなと思った、ってことです。

*1:別にmixiでも思考深化する方向の記事かけるし、新着コメントがあったらすぐわかる分コメント欄で議論しやすいし、使いようによってはむしろmixiのほうがいいだろうけど。見た事あるしそういうの。